所在地
佐賀県神埼郡吉野ヶ里町石動
本尊
水引地蔵
境内社
なし
一応欠損した石仏が1体ある
祭祀
不詳
最寄りの交通機関
なし
周辺スポット
上石動天満宮、神道大成教天津神社
歴史
- 「水引地蔵」こと地蔵菩薩碑はおそらく応永年間に作られたと思われる。
メモ
- 県道46号線沿い、少し降りたところにある。上石動集落の北西部、東方から流れる谷川の水と干股井手(前川)との水路の十字路に建っているという。
- 境内はあまり広くなく、地蔵堂と少し欠損した仏像があるのみである。堂内には地蔵菩薩が2体祀られており、左側のお地蔵様が横の看板でも説明されている地蔵菩薩碑である。
- 地元では「水引地蔵」と呼ばれ、干ばつ時の水引争いの犠牲者の霊を慰めるために祀られたという。
- ここの地蔵菩薩碑は地上高約120cm・幅約70cmの自然石の花崗岩の平坦面に、錫杖を持ち蓮座に立つ地蔵菩薩を浮彫で表現している。像は僧の姿で、顔は面長で周囲を彫りくぼめ頭光を表現、左手には宝珠、右手には錫杖を持っている。両足は足首を開いて平面的に描写、蓮座は八葉を杯状に彫りくぼめることで表現している。
- 地蔵菩薩は平安時代以降に宗派を超えて信仰され、久留米市や三養基郡を中心とした筑後川周辺では、「応永地蔵」と呼ばれる応永年間(14世紀末〜15世紀初頭)の地蔵板碑が見つかっているという。ここの地蔵碑も形態の特徴から応永地蔵の一例と考えられ、当時の地域における民間信仰を物語る貴重な史料なのだという。
↑仏堂↑堂内↑石仏
来訪日2023/10/22
参考サイト
「上石動地蔵菩薩[水引地蔵]」[お寺めぐりの友]
https://hakataboy.com/temple.php?dirpath=temple/Saga/KanzakiGun/KamiishinariJIZO2/
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